69歳で脳卒中を発症した男性、『オヤジギャグ』が辞められなくなる症状が発生
iStock

脳にダメージを受けると性格が大きく変化することがあります。その中でも非常に珍しいケースとして、抑えられないほどのジョークを言い続ける病態が報告されています。適切でない状況でも冗談を繰り返し、悪ふざけやダジャレを止められなくなるのです。

This Rare Neurological Condition Can Cause an Addiction to Jokes
https://www.sciencealert.com/this-rare-neurological-condition-can-cause-an-addiction-to-jokes

69歳の男性のケース

2016年に発表されたある症例では、69歳の男性が脳卒中を発症した後、ジョークを言い続ける強い衝動に駆られるようになりました。

彼のユーモアへの欲求は異常なほど強く、夜中に妻を起こしてまで冗談を言おうとするほどでした。妻はその状況に耐えかね、「せめてジョークを書き留めるように」と提案しました。彼が初めて神経科の医師を訪ねた際には、50ページ以上にわたるジョークのメモを持参していたと報告されています。内容の多くはダジャレや性的・下品なジョークでした。

この男性は「ヴィッツェルズフト(Witzelsucht)」と診断されました。この症状は、ユーモアへの抑えきれない衝動を特徴とし、しばしば不適切なタイミングや攻撃的な内容を含むジョークを発するというものです。本人はそれらの冗談を楽しんでいますが、周囲からすると奇妙に映ることが多いのです。

ヴィッツェルズフトの発見と歴史

「ヴィッツェルズフト」という言葉は、ドイツ語の「Witz(ジョーク)」と「Sucht(依存)」を組み合わせたもので、1890年にドイツの神経学者ヘルマン・オッペンハイムによって初めて提唱されました。彼は、右前頭葉の損傷がこの異常なユーモラス行動を引き起こすことを発見しました。

1929年には、ドイツの神経外科医オトフリート・フェルスターが手術中に患者の脳の特定の部分を刺激したところ、患者が突然、ラテン語・ギリシャ語・ヘブライ語・ドイツ語でダジャレを言い始めたという事例も報告されています。

これにより、ユーモアに関与する脳領域が特定されつつありますが、ヴィッツェルズフトがどの程度の頻度で発生するのか、またどのように治療できるのかについては、現在も明確にはなっていません。

UCLAでの研究と最新の症例報告

UCLAの神経学者マリオ・メンデス氏は、この疾患について多くの研究を行ってきました。2005年以降、彼の研究チームは複数のヴィッツェルズフトの症例を報告しており、中でも前述の「50ページのジョークを持ち込んだ男性」のケースは広く知られています。

また、彼のチームは2019年に別の興味深いケースを発表しました。それは、63歳の男性が頭部を撃たれ、右前頭葉の大部分と左眼窩前頭皮質の一部を失った後の話です。

この男性は、かつてはうつ病や自殺念慮に悩まされていましたが、回復後は一転して陽気な性格に変化し、「私はもう二度と惨めな状態にはならない」と宣言しました。彼の行動は非常に軽率で、絶えず冗談を言い続け、深刻な状況でさえも茶化すようになりました。

また、驚くべきことに、彼は頭蓋の手術痕を膨らませて人を驚かせるという奇妙な行動を取ることもあったと報告されています。

ヴィッツェルズフトの治療法は?

現時点で、ヴィッツェルズフトや類似の「モリア(moria)」と呼ばれる症状(病的な陽気さ)に対する標準的な治療法は確立されていません。しかし、UCLAのメンデス氏らは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を用いた治療を試みることを推奨しています。

場合によっては、抗てんかん薬や非定型抗精神病薬も試されることがあります。笑い発作の頻度を抑えることができた例もありますが、ジョークを言いたいという衝動を完全に抑えるのは難しいようです。

研究の意義と今後の課題

2019年に発表された研究論文によると、ヴィッツェルズフトやモリアの症例は、神経精神疾患の理解を深める上で重要な鍵となる可能性があります。これらの症状を研究することで、「ユーモア」「創造性」「喜び」といった人間のポジティブな精神活動の神経基盤を明らかにする手がかりになるかもしれません。

ユーモアが生まれる仕組みを探ることは、決して冗談では済まされない重要な研究なのです。


おすすめの記事